事業承継
事業承継とは何か
事業承継とは
「事業」とは、一般に「営業」と呼ばれているものと同様に考えてよいでしょう。すなわち、個々ばらばらの財産ではなく、1つのまとまりをもった財産が事業にあたります。事業を構成する個々の動産・不動産は事業のために一体として活用されるからこそ、経済的に重要な役割を果たします。たとえば、工場に設置されている機械は、工場という場所で機械を扱うことのできる技術者がいて機械としての役割を果たすのであり、工場以外の場所にあり、単に放置されているのであれば、ただの鉄のかたまりにしかすぎません。このように、事業承継とは事業を1つのまとまったものとして継承させることにより、その事業がもっていた社会的な役割・経済的な役割を後継者に引き継がせて守ることができるという意味で社会経済上も非常に重要なものなのです。
事業承継の中身は?
①経営権の譲渡
経営権とは、法律上の用語でありませんが、事業承継について説明するときによく使われます。文字どおりにいえば「経営する権利」ということになりますが、その内容は、企業での経営上の決定権、財産についての処分権、人事権さらには取引先に対する影響力、従業員やそのほかの役員に対する影響力などの経営者としてもつ一切の権利をいうと考えてよいでしょう。このような経営権は、現経営者が長い年月をかけて作り上げてきたものですので、後継者が法律的に現経営者の後を継いで代表取締役になったからといって簡単に承継できるものではありません。その承継には時間がかかります。
②自社株式の譲渡
中小企業が会社の場合、会社の株式をいかに後継者に承継させるかが、課題になります。後継者が経営を行うのに十分な株式をもたない場合には、会社の運営は阻害されることになってしまいます。そこで、事業承継については自社株式をいかにして後継者に集中させるかが問題となるのです。
③事業用資産の譲譲渡
中小企業の場合は、事業用資産の一部が現経営者の個人所有であることがあります。その場合は、この事業用資産を後継者に移転させることも事業承継の内容になります。事業用資産がなければ企業としての活動ができなくなってしまいます。
事業承継にはどんな方法があるか
親族内承継
親族内承継は、現経営者の息子・娘・配偶者・甥・姪を後継者として事業承継させる場合です。親族内承継は現在でも約6割を占め、事業承継の中心であることには変わりがありません。親族内承継が多い理由の第一としては、取引先や従業員などから、心情的に受け入れられやすいからと思われます。取引先は、取引を通じて現経営者の親族と顔見知りであることが多いし、また、中小企業の場合は家族的な雰囲気が強いので、従業員は現経営者を通じて親族の様子も知っているからです。後継者が、前から現経営者とともに会社に入って従業員とともに働いていればなおさら抵抗なく受け入れられやすいでしょう。
従業員などへの承継
従業員などへの承継は、他の役員や従業員を後継者として事業を承継させる場合です。現経営者はその従業員などの能力については十分に知っているので後継者として選ぶことができるのです。中小企業の場合は、規模が小さいため、親族でなくても、家族にも似た関係が築かれていることが多いので、親族の場合ほどではありませんが、心情的に抵抗は少ないでしょう。
M&A
M&A(企業の合併・買収。Mergers and Acquisitionsの略。)は、同業者、取引先、そのほかの人に事業を承継させる場合です。事業としての将来性があり、会社の財務状況も問題がないのであれば、第三者に事業を承継させるM&Aの方法を検討すべきです。同業者で適当な譲渡先があれば、その会社に承継してもらうのがよいでしょう。同業者であれば、事業の内容についても理解が容易ですし、取引先や従業員に与える影響も最小限にとどまるからです。また、取引先も会社の中身について理解しているので、譲渡先には向いています。
これに対して、親族、従業員など、同業者などにも適当な後継者が見つからない場合、現経営者は、その事業の廃業について決断を迫られます。その場合は、取引先や従業員に対する影響を最小限にするため、会社に体力のあるうちに廃業手続を行うべきでしょう。企業に体力があれば取引先への支払いもある程度可能ですし、従業員への給料・退職金も支払うことができるからです。
なお、事業承継の方法は、取引先や従業員への影響の少なく心情的に受け入れられやすい、親族内承継、従業員などへの承継、M&Aの順序で検討すべきです。
親族内承継のメリットは?
最も選択されている事業内承継方法
息子や娘、あるいは娘婿など現経営者の親族に事業を承継させることを親族内承継といいます。親族内承継が事業承継全体に占める割合は、近年、減少しつつあるものの、まだ6割程度を維持しており、最も選択されている事業承継の方法といえます。
親族内承継のメリット
1.融通が利きやすい
親族内承継は、他の承継方法に比べ、気心の知れた親族への承継ですので、さまざまな点で融通が利きやすいといえます。
2.家業の継続
中小企業においては、その事業を代々家業としておこなっているという企業も珍しくありません。親族内承継の方法をとれば、家業の継続が可能となります。
3.関係者の心情への配慮
企業を取り巻く内外の関係者にとって、誰が後継者となるかは重大な関心事であり、また後継者の選定を巡って利害が対立する場面でもあります。この点、現経営者の親族が後継者となるのであれば、わが国の習慣上も順当な選定として受け止められやすく、関係者の心情的な理解を得やすい傾向があります。
4.後継者選定時期の柔軟性
親族が後継者である場合は、従業員など親族以外の人を後継者とする場合に比べ、後継者の選定を早期に行いやすく、後継者教育などの事業承継の準備期間を十分に確保することができます。また、逆に親族が後継者であれば関係者の理解を得やすいことから、事業承継の準備期間を短時間しか取れない場合であっても、後継者の選定を巡る混乱が生じにくいといえるでしょう。
5.承継方法の選択の幅が広い
親族内承継の場合は、承継方法として、売買や贈与(財産をただで譲ること。)に加え、相続制度の利用という方法も選択できます。税金についても相続税制度や相続時精算課税制度(生前の贈与について、相続時に相続税による計算方法を可能とする制度。)などを選択できますので、承継方法の選択の幅は広いといえます。
6.財産や株式の分散防止
親族内承継では、多くの場合、現経営者の相続人となる人が後継者となります。親族内承継には、最終的には相続によって財産や株式を後継者に移転できるため、事業遂行のために必要な財産や株式の分散が生じにくい傾向があります。
親族内承継のデメリットは?
親族内承継の減少
親族内承継の方法は、20年以上前は事業承継の9割以上を占めており、事業承継といえば後継者は親族というのが相場でした。その時代に比べれば、現在は、親族内承継以外の承継方法(従業員などへの事業承継やM&Aによる事業承継)の増加は著しく、親族内承継は減少傾向にあります。
親族内承継のデメリット
1.承継希望者がいない
職業も多様化している時代では、子どもをはじめとする親族は各々が親の仕事にかかわらず自身の興味に合わせて職業を選択するようになっており、「家業」という言葉も用いられることが少なくなってきています。これに伴い、現経営者が子どもなどの親族への事業承継を希望したとしても、事業を継いでもいいといってくれる親族が見つからないことが多くなっています。
2.適格性判断が甘くなる
事業の継続には、従業員とその家族など、多くの人の生活がかかっているのですから、後継者となる人が経営者としての資質を備えているかどうかのチェックは慎重に行う必要があります。ところが、親族が後継者となる場合は、その親族に事業を継いで欲しいがあまり、適格性のチェックが甘くなってしまうケースが散見されます。適格でない者が後継者となることは、その企業の関係者にとってもはもちろん、その後継者自身にとっても不幸なことですので、適格性判断は、親族内承継以外の場合と比べても意識して慎重に行うべきです。
3.従業員への対応が困難
開業当初からの従業員など、現経営者と長年苦労を共にしてきた古参従業員は、親族後継者よりもその企業での勤続年数が長いのが通常です。後継者の選定に関する企業内の意思統一が不十分な場合は、後継者が古参従業員から新参者扱いをされ、事業の継続に支障が生じる可能性があります。
4.相続紛争による影響
相続人が複数いる場合、現経営者や後継者が他の相続人への配慮を怠ると、現経営者についての相続時に相続紛争が生じるおそれがあります。いったん相続紛争が生じると、企業の資金繰りに不可欠な銀行預金さえ相続人全員の合意がないかぎり動かせなくなる可能性があり、相続紛争が直接企業の継続に重大な支障を及ぼしてしまいます。
親族内承継の方法
事業承継の具体的方法
事業承継を行うためには、後継者へ自社株式や現経営者名義の事業用資産を譲渡する必要があります。この自社株式などの譲渡の方法には、以下の3つの方法があります。それぞれの方法の着目点は、実施時期が現経営者の生前か否か、後継者の地位は安定するか、費用負担はどうなるかという点です。
売買などによる事業承継
売買などによる事業承継は、自社株式や事業用資産について、現経営者の生前に売買などの方式をとって後継者へ移転させる事業承継の方法です。適正な対価を払って財産などを移転させる方法ですので現経営者の相続人からの遺留分(配偶者や子どもなどの法定相続人に保障される最低限度の遺産承継の権利を遺留分といいます。遺留分を主張するかどうかは相続人が自由に決められます。)の主張をされるおそれはなく、後継者の地位は安定しますが、後継者は財産などの買い取りに必要な対価として多額の資金を集めなければなりません。
生前贈与による事業承継
生前贈与による事業承継は、現経営者の名義となっている事業用の財産や株式について、現経営者の生前に、贈与という形式をとって後継者へ移転させる事業承継の方法です。後継者は財産などの取得に必要な資金を準備する必要はありませんが、多額の贈与税を納付する必要が生じる可能性があります。また、生前贈与の形式をとった場合は、相続時に現経営者の他の相続人から遺留分の主張をされるおそれがあり、後継者の地位はやや不安定となります。
相続による事業承継
相続による事業承継は、現経営者の名義となっている事業用の財産や株式について、現経営者の死亡時に、相続の形式をとって後継者へ移転させる事業承継の方法です。後継者は財産などの取得に生じる資金を準備する必要はありませんし、贈与税に比べれば税負担の軽い相続税が適用されることになります。ただ、財産などの評価額が高額である場合は多額の相続税を納付する必要が生じる場合もあります。
また、相続人が複数いるにもかかわらず、現経営者が遺言を残さずに死亡した場合は、財産などの分配に関する相続人間の協議(遺産分割協議)を経なければならず、後継者の地位は不安定極まりません。遺言を残していた場合でも、他の相続から遺留分の主張をされるおそれがあり、後継者の地位は不安定です。
従業員などへの承継のメリットは?
親族には継がせられない…そんな場合でも
これまでは、親族内で事業承継をすることを主に説明してきましたが、現経営者に必ずしも事業を継がせるのに適した親族がいるとは限りません。また、子供や身内にいずれ事業を継がせたいとは思っているものの、まだ年齢が若い、経験がたりないなどの理由で、すぐに承継の準備をするには適さないという場合もあるでしょう。さらには、身内に事業承継を考えていたものの、社内での信頼にかけ、円滑な承継が期待できないという場合もあるかもしれません。このように、いわゆる「後継ぎ」がいない、あるいは適していないという理由で、事業を続けることをあきらめざるを得ないのでは、と考えている現経営者も多いのではないでしょうか。このような場合でも、自らの会社に信頼できる、業務に精通した従業員や役員が存在するのであれば、これらの人たちに事業承継をすることが考えられます。従業員などを、後継者として選ぶことを検討することは、身内に適当な跡継ぎがいない場合にも、事業承継大きな可能性をひらくとともに、事業承継の選択肢を広げる意味でとても有効です。
信用のある従業員なら、承継もスムーズ
さらに、従業員や役員であれば、業務内容に精通していることが期待でき、すでに業務に関して実際の経験を通じた教育(オンザジョブトレーニング)を受けたと評価できるわけですから、後継者教育の時間は短縮するといったメリットも期待できるかもしれません。 また、長年会社に貢献してきた人材であれば、社内・社外を問わず、人間関係上の信頼関係を得ていることが多いものです。事業承継にあたり、社内の他の従業員の協力も得られやすくなるほか、取引先や債権者に不安を抱かせることも少なくなるというメリットを得ることも考えられます。また、子供などの身内に承継した場合には、どうしても引き際が不明確になり、完全な引退をずるずると引き延ばしてしまうということも起こりがちですが、従業員などへの承継の場合は、完全な引退が可能となります。また、このような完全な引退をすることにより、経営責任をだれが取るのか、という点も明確になり、責任をもった会社運営が期待できるともいえます。
従業員などへの承継のデメリットは?
従業員にとって、事業承継の資金は負担…
前項では、従業員などに事業承継することのメリットについて説明しました。しかしながら、従業員などへの事業承継を考えた場合には、避けては通れないデメリットもあることを知っていただかなければなりません。この点、なんといっても大きな問題は、後継者の資金不足です。従業員などは、社長や親族と違って会社の株式は保有していないのが通常です。そこで、事業承継をするにあたっては、従業員などは、現経営者などから株式を買い取らなければなりません。しかしながら、従業員などが株式を買い取るのに十分な資金を持っていることは、むしろまれなのではないでしょうか。どうしても資金繰りが困難な場合には、MBO(マネジメント・バイ・アウト 経営陣買収)やEBO(エンプロイー・バイ・アウト 従業員買収)といった手段を検討する必要があります。また、個人保証という壁もあります。通常、規模が小さい会社の場合には、会社が金融機関から事業資金を借り入れるにあたって、経営者個人が連帯保証人となったり、経営者個人の資産(家や土地など)に抵当権をつけたりすることが行われます。事業承継を行った場合には、後継者も連帯保証人となったり、個人の資産を担保として差し出さなくてはならなくなったりする場面が生じるということです。後継者にとっても負担が大きいとともに、融資先も不安に感じることもあります。しばらくは、現経営者の連帯保証を継続するなどして、後継者および金融機関の理解を得る必要が生じる場合もあるでしょう。
後継者へのやっかみ、不信
また、従業員などへ承継の場合、現経営者の一族が不満感をもつということもありますし、社内で、その後継者を快く思わない他の社員あるいは一派が存在し、承継後に協力を拒むといったことも考えられます。前者の問題については、これらの親族の中に株主がいるような場合にはとくに、現経営者みずから十分に説明して理解を求めるとともに、後継者と会社の収入、財産を区別し、いらぬところで不信感を招かないようにします。
M&Aとは?
後継者がいなくてもあきらめるな!
親族の中にも見るべき後継者がおらず、従業員の中にも適任者が見つからない、といった場合に、事業の継続をあきらめてしまうケースもあるようです。しかしながらも、このような場合でも、必ずしも事業の継続をあきらめなくてはならないわけではありません。M&Aという方法が選択肢として存在します。
M&Aとは企業の合併・買収
M&Aとは、企業の合併・買収のことです。会社が現在保有している、経営に関する資源を活用することを目的として、経営権を移転したり、経営に参加する取引はM&Aとなります。すなわち、2つ以上の会社を併せて1つの会社にしたり、ある会社の事業の一部や全部をほかの会社が買い取ったり、ある会社の株式の全部(あるいは経営権を握れるだけの大多数)をほかの会社が取得したりすればそれらは皆M&Aです。
M&Aは悪者か?
M&Aという言葉は、昨今では新聞やテレビなどの報道でよく目にするようになりました。このような報道に登場するM&Aは、非常に大がかりなものであることが多いため中小企業の経営者の中には自分の会社とは無縁のことだと思っている人も多いかもしれません。しかし、規模の大小にかかわらず、事業の合理化や継続のために事業を他の会社に買い取ってもらったり、他の会社が自社の株式の多くを取得したりすれば、それはM&Aとなるのですから、決して中小企業に無縁のことではないのです。さらに、報道などでは、買収といえば敵対的買収、すなわち買収する会社が買収される側の会社に対し、一方的に経営権を奪おうとするようなケースが多く取り出されるため、どうしてもあまり良くない印象をもってしまいがちです。
M&Aは事業承継の選択肢の1つになる
しかしながら、買収する側と買収される側がそれぞれ合理性を求め、協議のうえで友好的に行われているM&Aの手段によって事業承継を行うという例が増えているという点が報告されています。したがって、事業承継を検討するうえでも十分に選択肢の1つとなりうる手段だということを知っておく必要があるでしょう。
M&Aのメリットは?
廃業は簡単ではない!!
親族や従業員などの中で後継者となるのにふさわしい人物を見つけることができない場合もあるでしょうが、一方、だからといって廃業(精算)するとなれば、雇用されている従業員には大きな不利益を与えることにもなりますし、取引先にも多大な影響を与えることが考えられます。現経営者廃業を検討していることを従業員らが知れば、大きな不安を与えては事に対するモチベーションの維持も困難になるでしょうし、取引先も、不安感から、新たな取引相手を探そうとするかもしれません。また、廃業といっても、実は簡単にできるものではありません。大まかにいえば、債権の取り立てを行い、金銭以外の財産を金銭に換えたうえで、会社の債務を支払います。まだ支払日がきていいない債務なども支払わなくてはなりません。この支払に先立って、会社は、官報で、一定の期間内に会社の債権者は申し出るように、との広告をすることが必要です。このような手続きを経て、ようやく残った金銭を株主が受け取ることができるのです。現経営者が、株式の多数を所有していたとしても、リタイア後の生活がゆとりをもって送れるほどの金銭が残るかも不安なところです。税金面についても、制度上は、M&Aよりも廃業(精算)の場合の方が、現経営者個人の負担は大きくなります。
従業員の雇用も確保、現経営者は安心してリタイア
この点、M&Aを実現することができれば、従業員の雇用を確保できることから、従業員のモチベーションの低下を防ぐこともでき、取引先も取引の継続が見込まれることで安心することができるでしょう。また、よりよいM&Aを実現させるために、現経営者が会社を見直すことに伴い、会社の実力自体が強化されるといった効果も期待できます。さらに、現経営者は、株式の売却代金を得ることができますので、精算の場合よりも多い金銭を手に入れることも可能となります。一方、買収する側の会社にとっても、自社にとっては新しい分野の事業にスムーズに参入できる、というメリットがあります。自社で新しい分野について人を育て、ノウハウを築き、ブランド力をつけていくのは時間もコストもかかりますが、M&Aにより、このような時間やコストを大幅に削減することが期待できるからです。
M&Aのデメリットは?
魅力のない会社に振り向いてくれる人は少ない
M&Aが事業承継の選択肢として有用なものであることは前項で説明しましたが、一方、デメリットやリスクが存在するのも確かです。まず、第一に、現在会社の体力が落ちている場合には、「御社とM&Aをしたい!」と手をあげてくれる相手(会社)がなかなかみつからないということです。したがって、まずは、会社をなるべく魅力的にしていかなくてはなりません。得意分野を伸ばし、業績を改善するとともに、無駄な経費の見直し、無用な資産の処分も行う必要があるでしょう。また、小規模の会社では現経営者と会社の資産の区別があいまいになっている例もよく見られますが、このような状態もよくありません。会社の資産と個人の資産の線引きをするとともに、会社の資産として必要ないものであれば、処分していくべきです。さらに、会社内部の業務も整理されている必要があります。規程・規則などは整備されているか、業務手順の中でマニュアル化することにより合理化されるものはないかなど、第三者の目で厳しくチェックしましょう。これらの準備を考えると、M&Aを検討する場合には、十分に時間的余裕をみて計画を練る必要があるといえます。親族に承継させる場合でも、従業員などに承継させる場合でも、十分な準備が事業承継成功のカギであることはこれまでにも説明したとおりですが、M&Aの場合には、「会社全体の整理整頓」を行って、会社を魅力的に育てるための時間をみておかなくてはならないのです。会社を魅力的に育てる、ということは、なかなか簡単なことでないのはご承知のとおりですから、その準備と努力を怠ってはいけないのです。
秘密を守れなくては成功はないと思え!
また、M&Aを検討するときには、情報の扱いに注意してください。 「経営者が会社の売却を検討している」といううわさが不正確なままに伝わることで、従業員や、取引先から不信感を買うことがあります。そのことで取引先に逃げられたりしてしまえば、「魅力的な会社づくり」どころではありません。情報の漏えいは、M&Aの失敗にもつながりかねない重大な問題ですので、「この役員なら安心だ…」などと安易に判断して、計画を話したりするのは絶対にやめましょう。
事業承継計画の内容を検討する
基本方針――承継の方法と承継の時間
承継の方法は、親族内承継、従業員などへの承継、M&Aのいずれかを選択するのかを検討します。承継の時期(経営権が移転する時期)は、親族内承継の場合は、事業承継計画の作成時に、後継者が会社において、どのような地位にあるのかを考慮する必要があります。今まで全く会社とはかかわりをもたない後継者の場合は取引先や従業員との信頼関係を一から築かなければなりませんので、事業承継も時間をかけて行わなければなりません。経営権の移転時期は5年から7年、すべての事業承継が終了するのが7年から10年くらいの事業承継計画がよいでしょう。後継者が、すでに会社に入って現経営者のいわば右腕として会社でも重要な地位にある場合は、3年から5年くらいというもっと短い期間で事業承継が可能です。この場合は、自社株式や事業用資産の承継が重要な課題となります。自社株式や事業用資産の承継時間によって事実上決定されるといってよいでしょう。従業員などへの承継の場合、現経営者は、取引先やそのほかの従業員から信頼されているため、その従業員を後継者とすることを決意したのですから、後継者の取引先やそのほかの従業員との関係はそれほど問題とならないでしょう。したがって、親族内承継より短い期間で事業承継が可能ですので、最長でも3年から5年くらいで事業承継を完成させるべきです。M&A(第三者への承継)の場合は、できるだけ短期間で、M&Aを公表してから長くても1年以内には事業承継を行うべきです。時間をかければかけるほど、取引先や従業員に不安を生じさせ会社の事業価値を低下させM&Aの話自体が取りやめになってしまうおそれがあるからです。
現経営者、後継者の役職・年齢
現経営者、後継者の役職・年齢は、年齢による気力低下などを考えるとともに、事業承継を具体的にイメージして計画を立てるのに必要です。
自社株式の割合と事業用資産の移転状況
安定した経営を行うには、それにふさわしいだけの自社株式を所有していることが必要です。したがって、事業承継計画の中に安定した経営ができるだけの株式を獲得するための計画を盛り込む必要があります。また、事業用資産が現経営者の個人所有である場合がよくあります。その場合には、個人名義の事業用資産について承継する方法も十分に検討しておかないと事業承継が円滑に行えなくなってしまいます。
そのまま承継させてよいか見極める
事業再生とは
事業再生とは、経営の苦しい企業が、その苦しくなった原因を突き止めてそれを取り除くことができるか検討し、取り除くことが可能であれば、企業の経営、営業、財務の各体制を立て直して事業を再び軌道に乗せることです。では、事業再生の必要な経営の苦しい企業とは、具体的にどのような企業でしょうか。一言でいえば、それは、放置すると倒産するおそれのある企業ということになります。倒産というのは、支払うべき債務を払うことができない状態ですから、赤字が累積して過度の債務超過に陥っているとか、今はなんとか自転車操業で資金繰りが回っているが、近い将来資金ショートして破綻する可能性があるとかいった場合には、それは事業再生の必要な企業だということになります。
事業承継は事業再生を検討するチャンス
ところで、事業再生の1つの柱となる「経営体制の立て直し」には、経営者の交代も当然含まれてきます。最近は、事業再生のために金融機関などから債務の一部免除してもらう場合には、経営責任を明確にするという意味で現経営者の退任を求められることが多くなっています。つまり、事業再生を行う際には、経営者の交代、すなわち事業承継も同時に行われることが多いのです。反対にいえば、現経営者の高齢化などの理由で事業承継が必要になっている場合は、事業再生が必要ないか検討する好機でもあります。事業再生の過程で現経営者の退任を求められる可能性があるのであれば、それは、経営不振の原因について最も責任のある現経営者の退任をもって行うべきですし、現経営者としても、経営安定化への道筋を付けて後継者に事業を承継させる責任があります。
後継者を確保するためにも必要な事業再生
事業再生の必要な企業は、後継者を確保するためにも、事業承継について考える前に、事業再生についてきちんとした見通しを立てることが必要です。親族などその企業に特別な思い入れのある人以外は、倒産するおそれのある事業を継ごうとは考えないでしょう。会社の借入金については、代表者が保証人になることが多いので、会社が倒産すれば、後継者も会社と共に破産することになり、それまで後継者が蓄えた個人資産もすべて失うことになるからです。親族内などに、後継者が一応確保できている場合でも、経営の安定化にいたる見通しを立ててから事業を引き継ぐのが、現経営者の責任でもあります。
何を相談すべきか
検討が必要なことは?
1.後継者の選定
後継者を親族内から選ぶか、従業員から選ぶか、あるいはM&Aなど外部への事業承継を選択するかは事業承継の第1歩です。一度後継者を決めてしまえば変更は困難ですので、信頼できる人と十分に相談したうえで慎重に判断することが必要です。
2.後継者教育
後継者を育てる際は、さまざまな視点から後継者の良い点悪い点を見極めてあげることが重要となってきます。後継者育成プログラムの作成、実行には第三者の意見も入れたいところです。
3.承継方法
後継者の選定とも関連しますが、後継者へ承継方法として、売買を利用するのか、生前贈与や相続か、遺言は書く必要はあるのか、M&Aは使えるのか、などを承継計画立案時に決めなければなりません。専門的な事柄も多く含まれるため、現経営者が1人で判断するのは簡単ではありません。
4.税金対策
効果的な税負担軽減措置や納税資金の準備対策などは、専門家への相談が望ましいでしょう。
何を相談したらいいのかわからない
以上のように検討が必要な事項をいくつかあげてみましたが、現経営者の悩みは千差万別で類型化しきれるものではありません。そもそも何を相談したらよいかわからないという場合も多いと思います。「事業承継を考えたいが、何から手を付けたらよいのかわからない」というのも立派な相談内容です。1人で悩んでも話はなかなか進みません。「適当な後継者を探したい」という程度の漠然とした相談でもいいので、とにかく、第三者に相談してみると自分の考えも整理され、問題点が明確になってくるかもしれません。はじめの相談は家族でもいいですし、漠然とした希望の段階で専門家に相談しても問題はありません。とにかく事業承継の話をしてみることです。
いつ相談すべきか
適切な相談時期は?
まず事業承継の相談については、企業によって事情はさまざまであり、早すぎて困るということはありません。また、逆に遅すぎて手遅れということもありません。ただ、客観的にみれば、適当な相談時期というのは存在します。そこで、早すぎる遅すぎるはないということを踏まえたうえで、一般論として、おすすめの相談時期について考えましょう。
55歳を超えたら相談!
事業承継の実行は、後継者の選定、後継者教育の実施、関係者の理解を得る、財産を承継するなどさまざまな事柄を伴います。ある程度しっかりと事業承継を行うためには、10年程度の時間は必要です。ということは、事業承継完了時、すなわち現経営者の引退時の10年前には事業承継計画をスタートしている必要があるということです。そうすると事業承継の相談は、この現経営者の引退から逆算してその10年前に事業承継計画をスタートすることができる時期に行うべきといえるでしょう。相談開始から事業承継計画のスタートまでにかかる時間は、これもその企業を取り巻く関係者の状況や従来の対策状況、専門家との付き合いなどによりさまざまですが、少なくとも一年以上の余裕はみておきたいところです。現在の中小企業の経営者の引退予想年齢どおりに67歳で進退するとなれば、その10年前は57歳のときです。57歳のときに事業承継計画をスタートさせるとすれば、区切りと時間的余裕を考え相談時期は55歳くらいが適当です。現経営者のみなさんは55歳を超えたら事業承継を意識しましょう。
相談に遅すぎるはない
さて、55歳を超えたら事業承継の相談時期です。67歳で引退するつもりの場合、相談は遅きに失することになるのかというと、そんなことはありません。繰り返しますが、事業承継の相談に早すぎる遅すぎるはありません。たとえ、引退まで1年しかない段階で事業承継の相談を思い立ったとしても、何もしないよりははるかに良いのです。時間があればあったなりの事業承継対策があり、時間がなければないなりの事業承継対策があるのです。55歳を超えたらというのは、もちろんお勧めする相談時期ではありますが、1つの目安と考えてください。本当に相談に適当な時期は、事業承継対策を思い立ったときなのです。
事業承継タイムテーブル
親族内承継のモデルケースでは
実際のタイムテーブルは、承継方法や従来の準備状況によってさまざまですが、ここでは承継準備は全くなかった親族内承継を想定したモデルケースをみてみます。
① 50代になったらやるべきこと
まずは引退時期を決めましょう。引退時期はさまざまですが、目安としては65歳から70歳くらいが適当です。
② 引退時期の12年前にやるべきこと
事業承継の相談を開始しましょう。当初は親族など相談しやすい人に事業承継の意向を伝えるという程度でも構いません。この時期に後継者を絞り込みます。
③ 引退時期の11~10年前にやるべきこと
事業承継計画の作成作業を行いましょう。この計画作成の際は、専門家も含めて必要な相談を行うことが望まれます。
④ 引退時期の10年前にやるべきこと
事業承継計画の実行を開始します。とくに事前の準備がなかった場合は、10年ほどの期間が必要です。
⑤ 引退時期の10年~8年前にやるべきこと
導入的な後継者教育を実施します。具体的には、社内各職種の経験、セミナー参加などの教育方法があります。また、この時期から暦年課税制度で基礎控除額を利用して生前贈与を実行します。相続時の対策として公正証書遺言も作成するべきです。
⑥ 引退時期の7~6年前にやるべきこと
本格的な後継者教育を実施します。具体的には後継者を役員に就任させたうえ経営に参加してもらい、経営の実施教育を行います。また暦年課税制度で基礎控除額を利用した生前贈与を継続します。この時期には対内的に後継者を発表します。
⑦ 引退時期の5~4年前にやるべきこと
実践的な後継者教育を実施します。具体的には、たとえば専務取締役などの肩書きのもと、現経営者の片腕として実際に経営判断を行ってもらいます。また、生前贈与は継続します。この時期には対外的に後継者を発表します。
⑧ 引退時期の3年前にやるべきこと
社長職を承継します。同時に相続時精算課税制度を利用できる場合は、この制度を利用し、まとまった事業用資産などを生前贈与します。
⑨ 引退時期の2~1年前にやるべきこと
必要に応じて現経営者は会長として相談役になり、後継者の補佐をします。また相続時精算課税制度を利用した生前贈与を継続します。
⑩ 引退時期の到来時にやるべきこと
現経営者は完全に引退します。生前贈与は継続します。
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|---|---|
| 現経営者の年齢(引退○年前) | やるべきこと |
| 50代前半 | ・引退時期の設定(65歳~70歳くらいが目安) |
| 55歳(引退12年前) | ・事業承継の相談開始・後継者の決定 |
| 56~57歳(引退11~10年前) | ・事業承継計画の作成 |
| 57歳(引退10年前) | ・事業承継計画の実行開始 |
| 57~59歳(引退10~8年前) | ・導入的後継者教育・生前贈与の実行 ・公正証書遺言の作成 |
| 60~61歳(引退7~6年前) | ・本格的後継者教育・生前贈与の継続 ・対内的に後継者を発表 |
| 62~63(引退5~4年前) | ・実践的後継者教育・生前贈与の継続 ・対外的に後継者を発表 |
| 64歳(引退3年前) | ・社長職の承継 ・生前贈与の継続(相続時精算課税制度) |
| 65~66歳(引退2~1年前) | ・現経営者は会長として相談役 ・生前贈与の継続(継続時精算課税制度) |
| 67歳(引退) | ・現経営者の完全引退 ・生前贈与の継続(相続時精算課税制度) |















